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2005年10月

2005年10月19日 (水)

お財布物語

遠い昔の話でございます。

私がたしか10歳くらいだったと記憶しています。

あの頃は終業式の日になると、通知表の成績に関係なく、母が私と弟を駅前のレストランに連れて行ってくれました。

レストランと言っても、今のようにファミレスはなく、喫茶店と洋食屋の中間みたいなお店でした。

そのお店でスパゲッティ-とケーキを食べるのが何よりの楽しみだったのです。

その日も10歳の私と7歳の弟を連れて母は、機嫌よくバスに乗り、いつものお店で楽しく食事をしました。

さて、せっかく駅前まで来たのだから、デパートも見て行きましょう。

と、当時では夢のような展開で、子供心にわくわくしたものです。

席を立ち、会計をする母を出入り口で待ちながら、サンリオショップのことや、天津甘栗(よく買って帰った)のことを考えていると、レジから母の

スイマセ~ン、あれ~?

の声が。

母は相当慌てている様子で、布製バックをがさごそしているのです。

どうしたの?

お財布がないのよ~。

ええっ!

小銭入れはあるんだけど、お札入れがないの。

ええっ!じゃ、払えないの?

そうねえ、足りないわねぇ。

ひょえ~。だだだだいじょうぶぅぅぅ。

しょうがないから、おうちにお金取りにもどりましょう。

母はお店の人にお財布を紛失した旨を伝え、たまたま持っていた保険証を預け、今日中にお金を持ってくると約束し、お店をあとにしました。

さて、どこで財布が無くなったのだろう。

34歳と10歳と7歳は、バス停までの道すがらあれやこれやと思いつく限り口にだしてみました。

最初からバックに入ってなかった?

歩いているとき落とした?

盗まれた?

そういえば、バスの中でこの布製バックが膝からずり落ちたっけ。

母!それだよ!

でも、ちゃんと拾ったのよ。だから多分バスじゃないと思うけど・・・。

頼りない3人組みは、バス停での検証も煮詰まり、無口になっていきました。

はあ。

平日の昼間は、バスがなかなか来ません。

さっきまであんなにわくわくしてたのに、今はこんなに心細いなんて。

お財布が無くなるなんて、こんな大事件がなんで今日起こってしまうの。

台無しだよ。

あっ。バス来たっ。

7歳の弟はバスや車が大好きです。

じーっとバスが来る方向をにらんでいた様子で、遠くから近づいてくるバスから今も視線を外さずに凝視しています。

すると突然。

このバスだよっ。さっき来る時に乗ったバス!!このバスにお財布きっとあるよ!!!

ええっ。なんでこのバスだってわかるのよ~。

だってナンバーが同じだもん。ボク、バス乗る時いつもナンバー見てから乗るんだもん。だからわかるんだもん。

なーるほど。だからいつもじーっとバスが来るの見つめてるんだぁ。

感心している私をよそに、弟がバスに乗るやいなや、行きに乗った座席に一目散。

座席にもぐったかと思うと次の瞬間には、弟の手に握られた母の財布が!!

あったよ!!!!!

すごい!ホントにあった!

でかした弟!

三人で手を取りながら大騒ぎしている様子を運転手さんがぽかーん。

母が事の成り行きを説明し、発車前のバスからおろして貰いました。

すぐにスパゲッティ-を食べたお店に戻ってお金を払い、やっとほっとした私たち親子は、予定通りデパートへと足取り軽く向かうのでした。

天国から地獄からまた天国。

27年経った今も、忘れられないあの日です。

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2005年10月17日 (月)

川越祭りで山車を曳く

お祭りでした。

山車を曳きました。

お囃子に血が騒ぎました。

拍子木に身が引き締まりました。

ちょうちんに時代の面影を見

御仕度で時代そのものに触れ

年をとった同級生たちには時代の流れを感じました。

いくつになっても川越祭りは

非日常の魅惑の世界。

金木犀の香りと冷えた空気と祭り囃しがそろっての秋祭り。

五穀豊穣を感謝し祈願する由緒正しきお祭り。

国指定重要無形民族文化財の川越祭り。

お化け屋敷と見世物小屋と屋台がひしめく私たちのお祭り。

今年も無事祭りが終わった。

この祭りを堺にとっぷり秋が深まっていく。

一抹の淋しさを残しながら・・・。

祭りの後ってどうしてこんなにせつないのだろう。

非日常の魅惑の世界はまぼろしだったかのような

そっけない月曜日。

来年まで開かない非日常への扉に

しっかり鍵をかけ

今日からまた一日一日を堅実に生きる。

川越城下の市井のひとりと同じ気分で。

祭りはある意味タイムトリップ。

江戸時代の川越に住む私に似た人に思いを馳せ・・・・・。

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2005年10月12日 (水)

ポトフポトフポトフ

昨日、テレビでポトフでおもてなし~みたいなのをやっていて

そうねポトフの季節だわね

と、ぼやーっと観ていた。

用があったので実家に立ち寄ると、母がポトフを作っていた。

どう?食べてかない?

いいえ、食べていきません。

でもちょっと味見させてぇ。

はふはふはふ。

そこから頭の中はポトフポトフポトフ。

この日の夕飯はすでに決まっていたので、ポトフはおあずけ。

でも、ずっと口の中はポトフの味。

お風呂入っててもポトフ。

布団入ってもポトフ。

朝起きてすぐ、そういえば・・・ポトフ。

で。

お昼にポトフ作りました。

本日のランチはポトフと厚切りトースト。

相方には冷凍えびピラフ(相方の好物)をつけて。

で。

夕飯もポトフを食べました。

相方にはモッツァレラチーズをトッピングして。

で。

明日も食べるよポトフ。

だってまだ鍋に半分残ってるんだもん。

食べたい気持ち最上級で作ると、おい何人で食うんだよっていうくらい作ってしまうんだな、これが。

ふたりです。

ふたりで食べます。

多分明日からはひとりです。

いいのっ!

食べたくて作ったんだからっ!

なんとなく部屋中にポトフ臭が・・・。

今宵はポトフの香りに包まれて。

私なんだかポトフの中のソーセージ気分。

ぱっつり加減もまさにそれ!

って誰がぱりっとジューシーやねん。

と、ひとりPCで遊ぶ秋の夜長・・・。

早くお風呂入って寝なさいよ。

はい。そうします。ちゃぽん。

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2005年10月10日 (月)

お稽古道

今現在、私は何もお稽古事がありません。

それは未就学時以来。

私は幼稚園に通う頃からバレエ、バトントワリング、ピアノを始めていました。

その何ひとつとして現在の私に残っているものはありませんが。

バレエは当時、ひざの成長が悪い私にお医者さんが勧めたものです。

新体操かバレエなどがお勧めですよ。

もちろん私はあの衣装に惹かれバレエを選択。

ところがバレエの先生に

「こんなにカラダの硬い子は初めてだ」と言われる始末。

まあ、だからひざも痛むし、そのためにバレエ習うんですけどね。

カラダは硬くとも、「踊る」ことの好きな私はそれから小学5年生までバレエを続けました。

バトンは幼稚園の中で習わされたもので、私はそれを教える先生(男)の鷲鼻がどうしても怖くて、辞めたいと母に直訴。

1年間我慢したのち、バレエもあるからということで開放されました。

鷲鼻は今でも苦手です。

ピアノは都合3人くらいの先生を渡り歩いたのですが、どの先生もヒステリックで好きになれず、どうしても長続きしませんでした。元来の練習嫌いも手伝って、ピアノ恐怖症に。

今は「エリーゼのために」くらいはやっておくんだったと後悔しています。

小学生の頃はバレエ、嫌々いくピアノ、さらに習字、スイミングが加わりました。

お習字はだ~いすき!!

土曜日の午後に通っていたのですが、それはそれは楽しみで。

先生も好きだったし、墨の匂いも、赤い墨の花丸も、子供心に癒されるアイテムでした。

スイミングは流行ってたからかな。当時、近くにスイミングスクールが出来て、みんな行ってたんだな~。

今役にたってるのは、あのとき習ったクロールくらいだな。

中学に入ると、部活動が異常に厳しいため、お稽古事は不可能になります。

それでも私はお琴を習い始めました。

家にたまたま琴があったから。

あるか?ふつう。

初伝という一番簡単にとれるお免状だけ頂きました。

ちなみに生田流です。

高校時代は大学受験のために、アクトスクールに通いました。大学時代は授業そのものがお稽古事だったな。いつもなにか習ってる感じ。ダンス、日舞、声楽、芝居。

卒業後はフラメンコ。

その教室にはあの山口智子さんと、あの阿木耀子さんがいました。

今でも夢はスペインのセビジャーナスのお祭りに踊りに行くことです。

つい最近までは、宙吹きガラスの工房に通っていました。制作意欲に行き詰まりを感じて辞めてしまいました。

そして今。

お稽古のない日々。

それも新鮮だったけど、そろそろ何か始めたい気分。

最近父がギター、母が社交ダンスを始めたし、実家の母もアロマセラピーの資格を取ったりでかなり刺激されてるかも。

今の私に足りないもの。

私を満たす何かを習いに。

新たなお稽古道を探しに、いざ!!

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2005年10月 8日 (土)

我が街の映画館

私の住む街には2つの映画館があります。

スカラ座とホームラン劇場。

スカラ座は主に洋画で、ホームラン劇場は邦画系です。

私の洋画初体験は、スカラ座で家族4人で観た

「ブッシュマン」でした。

あの頃と変わりなくスカラ座は住宅街にひっそりと佇み映画を上映し続けています。

世の中が「タイタニック」で大フィーバーしている時。

どれだけ並べば観れるんだい?ってなくらい大行列をなして誰も彼も「タイタニック」だったその時。

私は母と「スカラ座ならそんなに並ばないんじゃない?」

と、それでもちょっとは並ぶ覚悟で出掛けてみると、

あの「タイタニック」全盛期で

私を含め客は3組・・・。

しかもそのうち1組は母の知り合いでした。

だ、大丈夫なのか!スカラ座!!

けっこう大丈夫みたいね。まだ相変わらず営業してるから。

スカラ座のイカスところは、チェリオのコーヒーを売ってるとこ。

なかなか拝めないよ、チェリオのコーヒー飲料。

早くスカラ座に

「チャーリーとチョコレート工場」が来ないかなあ。

きっと貸切状態で満喫できるよ~。

楽しみだな。

ホームラン劇場は今では3スクリーンを持つちょっとしたシネコンです。

春休みや夏休みには全館アニメになったり、休日には早朝上映を企画したり、なかなか臨機応変にお客のニーズに応えるやる気ある映画館です。

しかしかなりBIGな難点がひとつ。

となりが救急病院なため、

かなり緊迫したシーンや、クライマックスや、今まさに面白いセリフがっ!という肝心な時に、何故かきまって

ぴーぽーぴーぽーぴーぽーぴーぽー

集中がぶちっ。

まあ、そんなこともご愛嬌のひとつですけどね。

この10月から「妖怪大戦争」が始まったようで

この「観れなかったな~」と諦めているタイミングでの

上映はなんとも心ニクイ、プログラミングです。

この調子で私がまだ観ていない「電車男」をロングランしてくれないかな~。

最近ちっとも映画を観ていない私だけど、

こんなに素晴らしい映画館が地元に2つもあるのだから、もっと映画を楽しんでもいいわよね。

つうか、観なきゃ。

スカラ座とホームラン劇場がこの街に存在し続けるためにもね。

誰か割引券くんないかな。

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2005年10月 6日 (木)

金木犀の香り

冷たい空気が、香りを蒸発させずにいつまでもとどめておくようで

香りの中を泳いでいる気分の、霧雨が降る朝でした。

ご機嫌いかがですか?

金木犀のぽちぽちとしたオレンジ色の花を

鼻の下に貼り付けておいたら

一日中金木犀の香りに包まれていられるかしら。

金木犀のぽろぽろと落ちる盛りの過ぎたオレンジ色の花を

かきあつめてお風呂にいれてみたいなあ。

排水溝につまりそうだけど。

金木犀の香りの芳香剤は定番だけど

金木犀の香りの香水ってあるのかなあ。

あればいいなあ。欲しいなあ。

う?でも・・・。

秋の知らせの如く、冷たい澄んだ空気と一緒に漂う香りだから

いいんだよね、金木犀は。

この一瞬。

この季節を感じるために

深呼吸をしよう。

秋、カラダに満タン入りましたっ!

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2005年10月 4日 (火)

調子が悪くて・・・

私じゃありません。

パソコンくんです。

ブログをUPしようと思ってログインすると

ぶっ飛んじゃうここ最近。

なに?UPするなってか?

聞き分けのよい私はパソコンくんの仰せの通り

ブログは閲覧するのみのここ最近。

あのーそろそろ書き込みたいんですけどぉ。

おそるおそるログインしてみると

よかろう

とばかりにすんなりログインできました・・・。

パソコンくんもお疲れ気味だったのね。

夏中パソコン三昧だったものね私。

少しはお体休まれまして?

どうかご機嫌をそこねず、この私めと末永くお付き合い

よろしく頼むわよ。

パソコンくん、あなたが頼りなの。

もうあなたなしでは生きられないの。

だから、いつまでも健康で長生きしてね。

・・・というわけで、ご無沙汰の理由を言い訳がましく書いてみますた。

秋だわねえ。

となりは何をする人ぞ。

バランスボールに足を乗せ

今ごろドラクエやっている・・・。

秋だわねえ。

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